2009/12/09

ウェーバー『職業としての学問』


ウェーバー『職業としての学問』岩波文庫


 学問は、疑うことから始まった。

 いきなり脱線して申し訳ないが、近代科学の始祖とされるデカルトは、言った。真理の探究のためには、<ほんのわずかの疑いでもかけうるものはすべて、絶対に偽なるものとして投げすて、そうしたうえで、まったく疑いえぬ何ものかが、私の信念のうちに残らぬかどうか、を見ることにすべきである。>(『方法序説』)しかしながら、疑っても疑っても、偽として捨てることができないものがある。それは何かを疑い続ける私自身である。だから疑いえない私自身は、疑いえない存在として認めざるを得ない。そして、その疑いえない私自身という存在が、明晰に認識し判断することは全て真である。あらゆる人間は、疑いえない「私自身」を持っているから、あらゆる人間が明晰に認識し判断することは全て真である。

 わかるようなわからないような理屈だが、デカルトは疑うことから、それぞれの人間が共通に持つ「明晰な認識力と判断力」を発見した。そしてあらゆる人間が明晰に判断できるものは、自然の中の法則として認められることになる。例えば、あらゆる人間が「リンゴが木から落ちる」ことを認識すれば、地球上には「リンゴは木から落ちる」という原理が存在することが証明されるのだ。このような自然の中の法則をたくさん見つけ出すのが、自然科学である。自然科学は、デカルト以来今日まで、華々しい成功を収めている。

 とにかくここで言いたいのは、「学問は、疑うことから始まった」ということだ。

 ところで、疑うことで疑いえない「私自身」を発見したとき、デカルトは「私自身」を、神の力によるものであると確信した。なぜなら、あらゆる人間に確たる存在や明晰な判断力を与えられるのは、神しかいないから。こうしてデカルトは、彼の明晰な判断力によって、神の存在を再確認した。ところが、デカルトの答えとは裏腹に、デカルト後の学者たちは、神を殺した。学者たちは、明晰な判断力によって、自然界の中から神を見つけ出すことができなかった。彼らは、神の存在を証明する明晰な理由を発見することができなかった。ウェーバーも言う通り、<学問が神とは没交渉なものであるということは、こんにち腹の底ではだれでもこれを疑わない。>

 神は、学問によってその不在が証明された。そして学問は、神を殺した代償として、真理のあくなき追求を得た。学者だけでなく、これまで神を信じていた人々も、真理や進歩の追求に奔走するようになった。要するに、学問的な真理や進歩が、神に取って代わって、人々の生活の目的となった。

 ここから本題に入るので、もう少し我慢して読んでほしい。

 今や、学問が私たちの生活に欠かせないものであることを疑うことは難しい。そして学問が何らかの価値を持っていると多くの人が考えている。だからこそ、多くの若者は、学問を志す。しかしながら、ウェーバーは、学問というのはそんなに大した価値はないと言い切る。彼に言わせれば、学者というのは、野菜売りと対して変わらない。野菜売りは野菜を売ってお金を稼ぐ。それと同じように、学者は知識を売ってお金を稼いでるに過ぎない。

 なぜ学問に大した価値はないのか。ウェーバーは、「学問が神に取って代わることは決してできないから」と言う。

 例えば、私たちがその成果を実感できる学問として、経済学や医学がある。経済学を通じて、貨幣経済が世界中に広がり、私たちは多くの富を蓄えることができるようになった。また医学を通じて、私たちはこれまでになく健康に長く生きられるようになった。ここで、経済学にとっては富や効用をたくさん得ることが絶対的価値であり、医学にとっては長く健康に生きることが絶対的価値である。

 しかしながら、学問は、それが本当に価値のあることなのかを疑うことはできない。つまり、経済学は、富や効用を得ることが本当に価値のあることなのかを疑うことはできない。医学は、長く健康に生きることが本当に価値のあることなのかを疑うことはできない。要するに、学問は、「私たちはどう生きるべきか」という本質的な問いに答えることはできないのだ。だからこそ、学問は神に取って代わることはできない。いくら学問をやっても、あなたの人生は一向に決まらないのだ。

 さて、本書はウェーバーが学生に向けた講演に基づいている。先ほど述べたように、疑うことで始まった学問は、神を殺した。そのために、神を失ったあらゆる学生は、多かれ少なかれ「私たちはどう生きるべきか」という本質的な問いを抱えている。ウェーバーは、このような学生に向けて、学問の無意味さを説いたうえで、こう言う。「神は死んでしまったので、人生の意味なんて誰にもよくわからない。そもそも人生を疑い始めたら、まともに生きられない。だからこそ、とりあえず毎日やるべきことをやりなさい。」

0 件のコメント:

コメントを投稿